カンテ・ヒターノ【フラメンコの起源と発展(4)】

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フラメンコ(4)
フラメンコの起源と発展(4)

 アブダル・ラーマン二世の治世である、822年から852年の間、コルドバの裏町は、あらゆる詩人と音楽家の中から抜きんでた男、バグダッドのシルヤブ(Zyryab)によって光彩を添えられました。

 シルヤブは、インドに発生した細分律の技巧(半音よりも小さな音程を用いる)と、反復する装飾スタイルとを強調する、音楽体系を持ち込んだのです。

 これらの形跡は、フラメンコの中に聞けますし、同時にムーア風の特徴は、歌い手によるこぶしの広範な使用に聞くことができます。

 歌い手は、旋律を高音や低音の長前打音で、頻繁に装飾するのです。フラメンコのバイレの手の動きもまた、インドの踊りのフォームのあるものに著しく似ています。

 加うるに、新しい文化形態がそれらと共に持ち込まれ、キリスト教とユダヤ教と、それらに関連した音楽を、侵略者は受け入れました。

 かくして、これはフラメンコにとってすこぶる重要なことですが、イスラムの支配下の時代に、インドに発生したジプシーはスペインに入り、定住を許されたのです。

 ムーア人によって実践された、文化的寛容は、彼らの撤退を妨げませんでした。ジプシーは、自分達の群社会をもってして、外部と順応することをせず、スペインでも例外ではなかったのです。

 ムーア人に対する成功に鼓舞され、スペインの官憲は、熱熱的で、自分達とは異なった意識を持つ、好ましくない人物達と考えられるジプシーやユダヤ人を、この国から粛静する運動を起こしました。

 ジプシーに対する迫害の世紀を告げる最初の法律は、1499年に告知されました。定まった住所のない彼らは、流刑や苦役刑や死刑に処せられることになったのです。

 ジプシーは、同時にあるいは別々に、彼らの伝統的生業である、金属細工や馬喰や羊毛刈りや占いから追放されました。
 17世紀から18世紀には、彼らの言語(カロcalo)すらも非合法とされました。

 迫害は恐怖心と猜疑心とを醸し出しました。
 ジプシーは、都市から撤退し、丘を取り巻いて洞窟に住みつきました。
 社会からの孤立は、彼らに独自の芸術的進展をもたらしました。

 彼らのカンテ・ヒターノ(ジプシーの歌)は、フラメンコの二大要素の一つですが、西欧の音楽の影響に変化することなく、強く東洋とムーア的性質を保っています。

 フラメンコは、カンテ・ヒターノとアンダルシアの民謡との融合によって、偶然生まれたのです。

 アンダルシアの民謡についての最初の記録は、18世紀の後半に、スペインへの旅行者達によってなされました。これらの旅行者の本の中には、主楽器ギターの他、さまざまや楽器を伴奏にしたファンダンゴスのような踊りについて読むことができます。

 18世紀後半は、官憲のジプシーに対する姿勢が、緩和された時期でもあります。

 1780年になって、ヘレス・デ・ラ・フロンテラから名を挙げるべき最初のジプシーの歌手、エル・ティオ・ルイス・エル・デ・ラ・フリアーナが現れました。

 しかしジプシーは、まだ彼らの音楽に関して非常に秘密主義で、通常、内密裡に演奏し、外部の者は、殆ど聞くことがありませんでした。

 開放されたジプシー音楽の記録の一つは、英人作家ジョージ・ボロウの著作に見出せます。

 ボロウにはスペインに赴く前に、ジプシー生活の広い体験がありまた。彼は英国諸島を、ジプシーと共に、彼らの言語を話しながら旅したのでした。スペインでも、彼は認められ、The Zincali(1841年刊)に、原始的な婚礼祭典について語っています。
 
 『男達は空中高く跳び上がり、わめき、叫び、喚声を挙げました。
 一方、ジプシー女たちは、指を独特な仕ぐさで弾き、カスタネットより大きな音をたて、身をあらゆる猥褻な姿勢に撚り曲げ、忌わしい言葉を繰り返し発しました。
 部屋の隅ではその間中、メリリャから来た、囚人めいたジプシーが、ギターを力強くかき鳴らし、狂乱した音を発しており、そしてそれは何かしらMalbrun(Malbrouk)に似ていました。
 そして彼はかき鳴らしながら、時々歌で修飾するごとく繰り返した』(George Borrow,The Zincali;or An Account of the Gypsies of Spain,London,1841,p.341)

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◆「フラメンコの起源と発展」
◇(1)ドゥエンデ
◇(2)フラメンコの語源
◇(3)フリジア旋法
◇(4)カンテ・ヒターノ
◇(5)アンダルシアのカンテ
◇(6)カフェ・カンタンテ
◇(7)ラモン・モントヤ
◇(8)カンテ・ホンド
◇(9)ラ・アルヘンティニータとカルメン・アマヤ
◇(10)カンテ・フラメンコ・アンソロジーとタブラオ
◇(11)カンテ、バイレ、トーケの表現

◆「現代フラメンコギター」
◇(1)アントニオ・デ・トーレス・フラド
◇(2)ビセンテ・アリアスとマヌエル・ラミレス

◆「フラメンコに於けるギター」
◇(1)ラスゲアドとファルセータ
◇(2)ハヴィエル・モリーナとラモン・モントヤ
◇(3)ペリーコ・エル・デル・ルナールとマノロ・デ・ウエルバ
◇(4)ニーニョ・リカルド
◇(5)アグスティン・カスティリョン・”サビーカス”
◇(6)パコ・デ・ルシア、セラニート、サンルーカル
◇(7)マニータス・デ・プラタ、ホアン・セラーノ、パコ・ペーニャ
◇(8)ホアン・マルティン
◇(9)フラメンコのギター・ソロ

◆「トーケ概説」
◇(1)トーケ・リブレとトーケ・ア・コンパス
◇(2)1960年マドリッド


◆「いくつかのトーケ解説」
◇(1)ソレアレス
◇(2)ブレリアスとシギリージャ

◇(3)ファンダンゴ、グラナディーナス、タランタス

◆「ギターメソッド」
◇コンパス
◇フラメンコギター
◇フラメンコギターの弦
◇ギターの手入れ
◇弦の手入れ
◇ギターのための爪の手入れ
◇セヒージャCejilla(カポタスト)
◇トーケ

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執筆者dabohazeさん

投稿日時2007/05/14 21:19:07


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