オー・マイ・ガッ…その18

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時津風親方が「永久追放」になった…
改革が進む相撲界にとっては、まさに苦渋の決断だったろうが、確かに、社会的に見れば当然の処置ではある。練習とはいえ、行き過ぎた「しごき」だったのは間違いないこと。もし、一般社会であれば「人殺し」扱いなのだから…

先日、この事件について、悪友と激論になってしまった。悪友は「しごきは必要」だと答えたからだ。

悪友曰く…、
「しごきとは、鉄拳制裁と同じで、言っても分からない人間に対して行う不条理な暴力。…不条理な暴力が良い事じゃないのは認めるが、それを克服した「精神の強さ」が、格闘技をやる人間には絶対に必要だと思うよ。だって、最後の最後に相手を上回るのは『心の梁(はり)・負けん気』を培うモノとして味わっておかねばならないのが『しごき』だから!」と、彼は語ったのだ。

当然、私は反論した。
「しごきが精神を鍛えるのは分かる。でも、しごきを人任せにしたのはまずいんじゃないか。」と…

すると、悪友は…、
「誰がやるかが問題じゃない。必要かどうか考えた場合、『格闘技をやる人間には必要だ』と思ってるだけ。だって、人を負かすということを培うのに、技術的な練習だけで負かせるなら良いが、それだけじゃないのはお前も判ってるだろう。2度も死にかけたほど一生懸命練習した人間なんだから!」と、言い返されてしまった。

こう言われた私は、言葉に詰まってしまった…
私は格闘技をやってた訳じゃないが、厳しい練習が自分の信念を強くすることは、少なからず認めている。スポーツ【技術を競う競技】でさえそうなのだから、格闘技なら尚更かもしれない…そう思われたから…

だが、言葉に詰まった私に、気を使った悪友が最後にこう言った…
「でも、殺しちゃったら『行き過ぎ』だっていうのは間違ってないよ…お前が、不条理な暴力に耐えてきたのも知ってる…だから、人に厳しく当たる人間を嫌うのも分かる。でも、言った相手を上回れなきゃ、ただの『言われ損』で終わっちゃうでしょ。『しごき』って言われた相手を上回るために味わうモノ…そこから精神の支えを作るモノだから、支えになる前に相手を殺しちゃったら意味がない。今まで、相撲界は、当り前のように『かわいがり』をやってたけど、これで格闘技としての相撲は終わっちゃう…変わるんじゃないか。」と…。

おまけに、彼は一言…
「センスと体力だけでトップにいる人間は少ないけど、稀にそんな化け物がいるだろう!…オレは柔道やってたから分かるけど、そんな奴は、不条理なしごきを味わってないから最後の最後に技術に頼ろうとするんだ。…格闘技の最後の一線は、闘争心とか負けん気なんだから、そんな奴が一度躓くとなかなか立ち直れないのは、精神の支えが足りないから。…見てて腹立つよ…そんな柔道家を見てるとな!」…だって。

まあ、これで「格闘技としての相撲」はなくなり、今後はスポーツとしての相撲に変わっていくのは間違いない。そうなると、相撲の在り方も変わるはず。

でも、なんか言い負かされた感じがして、スゲー悔しい気がしてならなかった…!

この記事は笑える話【オリジナル作品】に投稿されたクライスト教授さんのブログ記事です。
http://befochri.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/18_c6a1.html

執筆者クライスト教授さん

投稿日時2007/10/06 14:03:38


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