【短編 ちょっと怖い話】 猫の天花粉

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題名: 猫の天花粉
筆名: D.K

 朽ちかけた木塀の向こう側から聞こえる奇声に私は眉を顰めた。
 耳を塞ぎたくなるような奇声は、十年ほど前から「おきぃちゃん」と忌み呼ばれるようになった老婆のものだ。仲睦まじかったご主人と死に別れて何かが壊れ、以来ずっと壊れたままに生きている。
 汗の滴るこの季節。おきぃちゃんは、よりいっそう奇抜にそれを塗りたくる。あせも予防の天花粉。それを厚く塗された肌は棚引く皺で白くひび割れ、抜けてまだらになった眉毛は白い毛虫と化す。
 それは恐ろしく奇怪な風貌だが、おきぃちゃんが言うには顔を白く汚すことこそが「猫封じ」になるのだとか。
 しかし私はそんなまじないを聞いたことなどないし、むしろ猫を封じているのは粉ではなく、おきぃちゃんの腕だと思っていた。
 怖くて誰も咎められないが、おきぃちゃんは猫を殺す。
 空き地にいると聞きゃ鎌を片手に出向き、どこぞの家で子猫が生まれたと聞きゃ縊りに出歩く。その縊る姿を一目見れば、少なくとも七日はおきぃちゃんが夢枕立つらしい。おきぃちゃんの腕は鬼の腕――それは寝汗をかく夢間に吐きだすうわ言だ。
 隣家からヒイィアーーと怪鳥のような叫び声が聞こえたきたのは、蒸し暑さに爛れる夜のことだった。
 風通しに開けた窓の隙間から、おきぃちゃんの家を覗き見る。
 さびれた裏庭で白髪頭を振りかざし、天花粉で白んだおきぃちゃんが、ひどく興奮した様子で踊り跳ねているのが見えた。
 おきぃちゃんの顔には歓喜と悲哀が入り乱れる。戦慄の笑顔に私の体は震えた。暑さに身悶えながら、首筋に滴る冷たい汗を拭う。
 おきぃちゃんの足元には掘り起こされた穴があって、手には何か白いものを握っているが、雲間に隠れた月光の下ではよく見えない。
 私はそこに黄烏瓜の、涼やかさを湛える白い花が植えられていたのを知っていたから、ならばあれは今晩咲いた花だろうと思った。
 それからのおきぃちゃんは毎夜のように声をあげた。赤子が泣くような、発情する猫が鳴くような耳の中で粘る声を。
「ねぇ、おきぃちゃんが亡くなったんですって」
 母に聞かされ驚いたのは、それからしばらくした日のことだった。
「白く塗られた死に顔は無数の湿疹で腫れてたって……。その一つ一つは猫の肉球が膿んだように溶けていたそうよ」と母が言い、
「庭に埋めたたくさんの猫。その骨から天花粉を作ってたなんてね」
 と近所の人は慄いた。みなは口々にあれは猫の祟りだと言うが、私にはそうは思えない。おきぃちゃんは猫になりたかったのだ。
 自由気ままに生きて、醜い死に様を見せない猫に。なぜなら裏庭で泣くあの人は死ねない自分を責めていた。嫉妬のあまり猫を縊り、羨望のゆえに天花粉をこしらえる。猫になれる日を切望して、生きながら猫を祟っていたのだ。私には――そんな風にしか思えない。

 

この記事は小説【オリジナル作品】に投稿された毒きのこさんのブログ記事です。
http://dokuxxxxxxxkinoko.blog44.fc2.com/blog-entry-59.html

執筆者毒きのこさん

投稿日時2007/11/16 15:19:07


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